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「時に中村さん、あなたは妖怪変化を信じますかな?」
玄水の問いに、伶人は一瞬どう答えるべきか迷った。
「…というと?」
まさか『たった今居候している』と言う訳にもいくまい。ここは無難に聞き返す事にした。
「明治17年、西暦なら1884年、この若知の地から一夜にして里の半分が消え去ったといいます。諸人には、その事実すら忘却の彼方に去ったそうです」
「で、それが妖怪変化とどう関係あるんだ?」
「その日以前、そこには妖怪の住む一帯があり、人々は恐怖の中暮らしていたと伝えられています。それがいつの間にか勢力を失っていったのです。そして里の半分とともに消え去ってしまったのでしょう」
そこまで言って、玄水は湯呑みを口に近付ける。
「長いこと、消滅は妖怪の仕業とされていました。消えゆく者達による、最後の抵抗かと。それから長き時を経た今になって、妖怪がこの里に戻ってきたのです」
「霧ヶ森の怪少女の事か?」
「左様。拙僧は、力ある者が世界を切り離したと睨んでおります。過去の文献によれば、それを助けたのはある双子の兄妹だそうです」
「それは?」
「中村黎全と中村現夢です。若知神社に祭られていた神妖の助けにより、前日に盛大な神事を行ったとか」
伶人はその話も既に知っていたが、素知らぬ振りをして平然と番茶を啜った。
「黎全なら、俺の先祖らしいな。しかしまた、よくそんな記録があったな」
「ええ。かの太安文がまとめた『閑喧史傳』にありました」
「太安文、というと、確か太安麻呂の子孫を自称した歴史学者だったか?」
「左様。ひょっとすると、博麗さんは、これについて何かご存じでは?」
玄水の問いに、伶人、今度は知らぬ存ぜぬを言う事なく、はっきり答えた。
「ああ。さっきは言わないでいたが、俺はその世界の関係者だ。それ以外は言えないが…」
「十分」
この答を聞いた玄水は、笑みとともに頷いた。
「これを聞いて安心しました。貴方さえいれば問題ないでしょうぞ」
曖昧な笑みを以て返答となした伶人であった。
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