常なる日常

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この町には、かつて人間界と妖怪界を分断する為に強固な結界を張ったという伝説がある。近代科学文明が妖怪の存在を否定していった事に対し、妖怪と縁の深かったある兄妹が妖怪の世界を囲う結界を創り出した、というのだ。兄は人間界に残り、妹は妖怪や一部の人間達と共に、人妖の共存できる世界を生む為、結界の中に入っていった。そして、今もこの兄妹の末裔が結界を留めているのだ、とも。 その伝説は事実だ。世には知られていないが、その兄の血統の末席にいたのが伶人だったのだ。伶人自身も、結界の管理人結界操作術を身に付けていた。のみならず、彼はあらゆる枠組みから事物を超越させるという特殊な能力の保持者であり、結界維持やその通過などに役立てている。 その結界を守るもう一人の神職、結界内の博麗神社の巫女にして伶人の親族唯一の生き残りに、中島礼美という少女がいる。その礼美、最近風邪を引いたらしく、伶人は看病のためにここ数日結界内外を行き来する生活を続けていた。 「……くそ、礼美の奴、俺の体調も少しは考えてくれよ」 即ち、伶人は普段の倍の仕事をさせられていたのだ。まあ、礼美の分の仕事をそっくりやらされた訳だが、慣れない事でへたっている伶人であった。 ――誰だ、へたれいとなんて言った奴は? 遂に幻聴まで聞こえたようである。いやはや…… ともかく、クタクタの伶人は母屋に布団を敷いて横になっていた。 翌朝。 「よう伶人、上がるぜ」 若知神社に飛び込む威勢のいい声。 「……只今中村伶人は睡眠中です。御用の方は、また後程……」 「折角またお茶を持ってきたのに。明日にしようかしら」 「今着替えますからちょっとお待ちを」 大人っぽい透き通った女性の声が響いた途端、一瞬で布団を片付け、寝巻を狩衣に着替え、勢い良く障子を開けた。その間僅か十五秒。 「……調子の良い奴だな。この肩神主めが」 「まあまあ、そこまでにしましょうよ。取り敢えず、お邪魔します」 「まあいいか。邪魔するぜ」
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