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【錠を掛けられたのは、どっちだ?】
ゆっくりと息を吸って大きく吐き出す。
緊張する身体をそうやって緩ませてから、私は小さな給湯室から出た。
手に持つお盆の上には、濃いめの緑茶が湯気をくゆらせている。
――まさか、茶柱がどうのまで言わないでしょうね?
奴のことだから何を言い出すのか分かったもんじゃない。
前のパートを辞めてここに来てから、少しは経ったけれど……まだまだ私は馴染めずにいる。
だってやっぱりよく分からないことだらけだから。
勿論その最たる『分からない』ことは、いつもいつも気難しい顔をしていて、目を合わせたらその深いグレイの瞳で何でも従わされそうになるあの男だけれど。
本当に、その……私の、所謂――彼氏、とかいうので間違っていないのだろうか?
びくびくした気持ちを隠しきれないまま、盆の上のお茶を携えて彼のデスクの前に立つとより一層緊張感が増してきた。
仮にも彼氏と言う存在の前でここまで緊張しているのは、世の中私ぐらいじゃないだろうか。
震えそうな手で熱過ぎないよう冷まされた湯呑みを掴んでデスクの上にある茶たくに置くと、コトリと音を立てないように静かに置いた。
「おはようございます」
ようやく馴染んできたスーツに少しずつ皺を増やしながら、丁寧なお辞儀を心がけて頭を下げる。
綺麗に45度。家でも死ぬほど練習した。
どうも前のパートの時に、不用意に頭の位置を下げ過ぎていたらしい。
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