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『その歌は、必ず最後に儚さを残す』
──
────背負った剥き身のアコースティックギターは往年よりの友人。弦が切れれば自ら張り直し。ほこりを被れば吹き飛ばし。そうやって、男は今日まで小さな旅を繰り返してきた。
目的も当て処もなく、気の向くままに足を進め、思い立つままに音楽を奏でる。ぶらり立ち寄ったパン屋で買ったデニッシュも、街で見かけた仲睦まじきカップルも、路地裏を駆けていく猫でさえ。彼はなんでも歌にする。
独特の静かで優しいメロディーに言葉を乗せて、囁くように。呟くように。唄う。どちらが先でもなく、極自然的に旋律が感性を運ぶのだ。そう。男は少しばかり名の知れた歌唄いだった。
──だった。それは過去に限定した言葉ではなく、男は今も、そしてきっと未来もずっと歌唄いであるだろう。ただ────そこには一貫して希望がなかった。
いや、あったのもある。が、それさえも結末は一辺倒。必ず憂いと悲しみを最後に残して詩は終わりを迎える。
歌わないのではない。歌えないのだ。
パン屋はその日を最後に店を閉め、カップルはやがて互いを憎み合い、乱暴な飼い主から逃げた猫は餓えて死ぬ。
咄嗟に思いついたままを口にしたそれらの詞は感性に依存し、男の秘めた荒んでいる心を露にする。それが彼は堪らなく嫌いで──どうしようもなく好きだった。
誰が呼んだが始まりか。ついたあだ名は『希望知らずの吟遊詩人』
──そんな歌唄いが今日も、なにかに導かれるように真夜中の大橋を歩いていた。
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