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自分を包む風景などは、無論格好の題材。男は担いでいたギターを両手に持ち、世界に零れたメロディーと共に歌い出す。
「遠く視線を泳がせば──」
上には満天の星空と
前には眠った街が僕を待ち
未だ少しばかり
灯る明かりは蜃気楼
見下ろしたそこは闇に染まった湖
明滅する蛍光灯が死を誘い────
「……今宵身を投げる少女が一人」
そこで、旋律は止んだ。
歩きながら見えた先。浮かんだ三日月を眺めながら橋の欄干に立ち、後ろで結んだ髪を夜風に揺らす少女が一人。どこぞの貴族の生まれかと思わせるその美しい顔立ちとは裏腹に、着ている服は闇に溶けども目立って汚れていた。
少女は耳を澄ませていたが、一頻り歌が止んだ折、細い土台で片足軸にくるりと半回転。男を見て儚く笑った。
「こんばんは、希望知らずの吟遊詩人さん」
「なんとも馬鹿にされているような呼び名だ。尤も、まさしくその通りなんだけど」
対話し、男は少女の傍まで寄って問いかける。
「生きるのを、やめるのかい?」
「ええ。紆余曲折ありまして」
「そうかい。いや、いいさ。踏み込んだことは訊かないよ」
なんとなく一回弦を爪弾いて、男はまた歩いていく。そうして三歩進んで擦れ違い様、少女の一言が彼を止めた。
「あの……吟遊詩人さん。私のために、最後に一曲いただけませんか?」
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