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それから、女バーテンダーは、カウンターの裏に自分のグラスを置き………自分の煙草に火を点けた。
女の吐き出す、ブラックストーンの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「ちゃんと食べてるの?」
女バーテンダーが聞く。
「ああ………」
「自分で料理してるの?」
「いや………」
女バーテンダーは微かなため息を洩らした。
「昨日も優君来てたわよ」
「そうか……。俺には関係無い……」
また、女バーテンダーの、ため息。
それから、また俺は空のグラスを女バーテンダーに差し出した。
女バーテンダーは、溶けた氷を捨て、グラスの外側を乾いたタオルで丁寧に拭き、また氷を入れ、シーバスを注いだ。
それを俺の前にまた音も無く置くと、奥に消えた。
静かなジャズの音に混じり、外の雨音が混じりあって聴こえてくる。
あの日も……こんな雨だった………。
血を流し、倒れる涼子………。それを支える、びしょ濡れの俺。 叫び助けを呼ぶ………。
ふいに外から、救急車のサイレンが聞こえ、身体が、ビクリと震える。
「……恭介? 恭介?!」
女バーテンダーの声に、我にかえる。
「な……なんだ?」
「疲れてるんじゃないの? 食べて」
女バーテンダーが俺の前に、そっと、サラダの皿を置く。
「別に疲れてなどない。それに、サラダなど頼んでない……」
「わたしの、おごりよ。食べて。どうせ、家では、ろくに野菜食べてないんでしょう?」
「………………すまん………蛍」
俺は、女バーテンダーに礼を言い、サラダをつつきはじめた。
この、まだ30そこそこの女バーテンダーには、返しても返しきれない程の恩があるが、俺は……素直に礼を言えなかった。
久しぶりの野菜は素直に俺の胃に収まり、心地好かった。 野菜不足の俺には必要だったのだろう。
「………そろそろ優君、来る頃ね」
「……じゃあ、俺は帰る」
「また……そんな意地悪しないで居なさいよ」
「……俺には関係無いと言っただろう。……いくらだ?」
俺は、ため息をつく蛍を無視して、店を出た。
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