色の無い雨

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「待って、恭介!」 店を出て歩きはじめた俺を、蛍が追いかけてくる。 「傘を。けっこう降ってるから」 そう言って、女物の傘を俺に渡す。 俺は言いかけた言葉を飲み込み、一言、すまん。とだけ言って、きびすを返した。 背後には、雨に打たれながら俺を見送る蛍の気配がある。 俺は小さくため息をついて、その淡いイエローの傘をさした。 そのとたん、蛍が店に走り出す足音が聞こえた。 俺がこの傘をささないかもしれないと見ていたのだろう。 まったく………。 細い路地を抜けて、大通りに出る。 雨は相変わらず降りしきり、傘を持ってなかったら、びしょ濡れになっていたに違いない。 少し蛍に感謝しつつも、早く帰りたかった。 わたしは恭介が、ちゃんと傘をさしたのを見てから、走って店に戻った。 でも、恭介の事だから、路地を曲がって傘を畳んでいるかも。 わたしは小さくため息をつきながら、濡れた頭や肩を拭いた。 それから、男物の傘を置いておこうと思った。 わたしが棚にシーバスを置いた時に、背後のドアが勢いよく開いた。 「ひゃー、濡れた、濡れた」 「いらっしゃい。はい、タオル」 わたしは、大学時代からの友人である、一(にのまえ)優にタオルを手渡した。 「ありがとう」 優君は人懐っこい笑顔を向け、頭とコートを拭き、ハンガーにコートを掛けた。 それから、いつもの席に座る。 カウンターの左端から2番目の席に。 恭介の席は、1番端だ。 「今日は、あいつ来てないの?」 「ついさっきまで居たのよ。わたしが、つい、もうすぐ優君来るねって言っちゃったもんだから、帰るって」 わたしは言いながら、優君の前に、ハイネケンの瓶を置いた。 それを聞いた優君は、がっくりと肩を落とし、やけ飲みの様にハイネケンをぐびぐびと飲んだ。 それをカウンターに置いて深いため息を吐く。 「…………蛍ちゃん………あれから5年も経ってるのに………」 「そうね…………」 わたしは煙草に火を点けた。 「なのに………まだ立ち直れてないなんて………」 「そうね………」 わたしは下を向いて細い声で、つぶやいた。 優君は、ハイネケンの瓶を両手で持ち、うつ向いていた。
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