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至萃(しすい)八年の五月、隣の小国笠倉(かさくら)が、突如として総美の国境近く、大河遠見川に点々と浮かぶ小島の村々を焼き討ちにした。
ほんの一年前、かつては笠倉国の領土であったが。
当然というべきか、八郷宗駿は怒りまくり、直ちに兵を向けようとした。
しかし、槇坂倖太夫と斉賀雷は背後に梁瀬国(やなせのくに)と馬上国(まがみのくに)の存在を感じ、揃って兵を差し向けるのに反対した。
藩主の座に着いて十年あまり、負け戦を知らぬ宗駿は己を過信していた。
「光也、お前も反対か?」
不機嫌に宗駿は光也を見た。
「はっ!、殿の仰せのままに。」
やはり光也も同様に背後に二国の存在に感付いていたが、宗駿より二度も謹慎させられそうになったのが応えたのだろう、異は唱えなかった。
「三日後に出陣、笠倉の和倉定友を討ち滅ぼす!」
宗駿は満足そうに頷き、自信満々で言い放った。
そして機嫌良く、その場を立ちさった。
『たかが生意気な小国』と、侮っている。
藩主八郷宗駿がかほど傲慢になるほど、総美国は強国であった。 領土内の倉内軍を追い払うだけならさほどの事はないが、問題は小国笠倉国は天然の要塞というべき地理にある。。
しかし笠倉本国を攻めるとなると、流石に容易ではないだろう。
笠倉国の領主和倉定友は慎重な男で、自ら戦を起こすタイプではないはずだが…。
「…神代殿、そなたも感付いておろうが此度の事、相手は笠倉一国で済む問題ではなかろう。」
いつもの如く、穏やかな口調で倖太夫は切り出した。
倖太夫、やや小柄で丸っこい身体つきをしており、どことなく微笑ったような顔をしている。
「如何にも。この時期に笠倉が挑発するなど、焚き付ける者がいるかと思われます。」
三人の中でも一番年下である雷は、遠慮しがちに言葉に出した。
斉賀雷、中背にして細身なれど、鋼のように無駄の無いすっきりした体つきをしていた。
細面で切れ長の目をしており、口には八の字、顎にも薄く髭を蓄えていた。
しばらく間を置いて、六尺(180cm)近くの巨大で逞しい体躯に似つかわしくない弱々しい声で、苦しげに光也は切り出した。
「これ以上、殿には意見出来ませぬ。梁瀬(やなせ)と馬上(まがみ)が背後に潜んでいるように思われますが、短期で決着を付ければ、隙は生まれぬかと…。」
流石にこれ以上、槇坂倖太夫に迷惑を掛けられなかった。
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