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私は吸血鬼の始祖。
つまり魔界の四分の一を占める吸血鬼は、皆私の娘や息子ということになる。もちろん、私が人間のように出産をしたわけではなく、食事ついでに生まれた元人間なのだが。
人間から見れば気が遠くなるほどの時間を生きた私は、魔界ではそれこそ"魔界三大美女"に謳われる姿ではあるものの、地上―人間界では魔力の消費を抑えるために、幼い少女の姿になるしかないのだ。
まあ愛らしい少女の姿は、吸血の際に大いに役に立つ。「ねぇねぇ、お兄ちゃん」この一言に私と目線を合わせなかった人間などいない。ちなみに吸血鬼は異性の血しか飲まないというのは常識である。
始祖ともなれば、娘や息子たちに頼んで食事を運んできてもらうのが当たり前だ。現に友人である狼男の始祖は、城でぐうたらしては連れて来させた若い人間の娘を食らうという、駄目妖怪まっしぐらなライフを送っている。最近腹の回りの肉が気になるらしい。
しかし私は、自ら地上へ向かい、自ら食事を選ぶことを愛している。甘い芳香に従って歩いていれば飲みごろな人間がいるのだから、散歩気分も味わえて、一石二鳥とはまさにこのことだ。
今日も私は、品のいい黒いワンピース姿の少女になって、地上をぶらぶらと歩いていた。人間の食べ物は腹こそふくれないが、美味だと思う。ただ、少女の姿では旨そうなレストランに入れないのが残念だ。ショーウィンドウに並ぶきらびやかなケーキを名残惜しく思いながら、甘い匂いがしないか風をかいだ。
甘い芳香は全くしなかったが――。
鼻が痛くなるような百合の香がして。
「お前、悪魔だろ」
尊大な口調の男が、そこに立っていた。
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