序章

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「だから、何度も言ってるだろ。早く帰れ」 「やだよ。帰らない。夕樹と一緒に帰るもん」 二人は仲の良い恋人同士だった。 ただの恋人同士だった。 なのに―――。 「いいから、帰れって」 「むー…わかった…」 緋城 桜花(ひじょう さくら)はぷくと頬を膨らませると、帰路につく。 夕樹はそんな後ろ姿をただ見つめるだけだった。 この時桜花を追っていれば、あんなことにはならなかったかもしれないのに。 夕樹には、それが最善の選択だと思ったのだ。 だけど―――。 桜花は事故にあい死んでしまった。 全てはあの日、一人で帰らせたことが発端だった。 夕樹はこのとき自分を恨んだ。 恨んでも恨んでも胸の苦しさは取れなかった。 そこで夕樹は目を覚ます。 「…ん?」 目が覚めて最初に見えたのは薄汚れた天井だった。 いや、天井だけでなく部屋全体が長年掃除されていないのか埃まみれだ。 「…どこだ、ここは?」 見た事の無い場所に思わず首をひねる。 目が覚めたら見知らぬ場所にいた。 なんとも奇妙な話しだが夕樹の身体が瞬間移動したらしい。 んな馬鹿な。 テレポートじゃあるまいし。 記憶を整理してみる。 目が覚めたという事は夕樹は寝ていたか気を失っていたかだ。 そうなる前、どこまで夕樹の記憶なのか。 最後に見た景色は教室だ。 学校のいつもの教室。 そこに夕樹は忘れ物を取りに行った。 ただそれだけだ。 そこからの記憶が無い以上、そこで何かが起こったのだ。 「…んぁ」 立ち上がろうとすると頭がクラクラと揺れ、立ちくらみに襲われた。 そういえば身体中がダルい。 「…眠らされたか」 薬の後遺症、そう考えるのが自然だ。 夕樹は誰かに眠らされ、そのままここに運び込まれた。 そう考えれば夕樹がこの見知らぬ場所に居るのも辻褄があう。 「誘拐…、いや、違うか?」 これが誘拐ならば今現在、夕樹が自由に行動できるのはおかしい。 何一つ拘束等をされていない。 「…いや、待て」 首に…何かがある。 「首輪…か?」 首をぐるっと一周し、金属製の首輪がつけられていた。 この部屋で唯一、人を拘束できるような物だ。 だがその首輪にも紐等は無い。 つまりただ首につけられているだけだ。 「…なるほどな」 何の意味も無く首に付けられたはずが無い。 となればこの首輪一つで充分に夕樹を拘束できると判断したんだろう。
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