曖昧な男

3/5
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
暫く誰とも口を聞かず、ただ目だけを動かし、聞こえる言葉を必死で理解し覚えこんだ。 隣りにいる「親父」は笑いながら色々な事を話していた。 自分が何者なのかも教えてくれた。 高校とか言うところの身分証を見せてくれた。 そこに描かれている顔は見覚えかある。自分だと。 が、髪が変である。 髷がない。ないのだ。 名前は「小田秀忠」。 年齢は17歳。 私も17だ。 「わたし…?」 いつも付き添っている女が大笑いをしている。 親父曰わく、母親だそうだ。 「ヒデはどっか頭をうったかな?やたらオヤジ臭い話方をするわね。」 「落ち着きがあっていいんじゃないの。」 「随分魘されてたからね。もう、学校は行けそうだね。」 「ああ…まあ。」 「相変わらず生返事だね。」 その母親は緑茶を一杯くれた。 お茶を飲み干し、一礼して席を立った。 「殿様か?」 背中に声が飛んだ。確かに以前は…そう呼ばれていたような。。。 自室に入ると明日の練習をした。 壁掛けてあるのが制服。机の上に鞄。今着ているものはパジャマ。寝ている場所はベッド。 テレビ、漫画、CD、ゲーム、顔を上げると窓。 「私としたことが何も持たずに来たのか?」 ベッドの下を覗き込んだ。黒く細長いものが目に付いた。 ゆっくりと手を伸ばすとそのものに触れた。 「これは…」 覚えのある感触。引き寄せると脇差しと扇子であった。 「誰がここに…」 「私だよ。」 後ろに「親父」が立っていた。いつ部屋に入って来たか分からなかった。 「間違えて来ちゃったね。もしかしたら危ない目にあったんじゃないの?」 くすりと笑った。 「本当のあなたは……」 「……。」 「まあ、いいか。追々」 と、また笑った。 「それ、今は持ち歩けないから…お縄になりますよ。だからベッドの下に閉まって。扇子は大丈夫だけど、粋だね。」 「そなたは誰か?ただの親父ではないな。」 「あなたの過去の記憶が戻ったらお話いたしましょう。」 そうだ。過去の記憶がまばらで曖昧。 ただ、名前だけは覚えている。 緊張の極みに戴いた名前だった。 毎日が緊張状態だった。 「ここは慣れば、楽だな。」 ふうと息をついた。 「まあまあですかね。」 くすりと笑った。 「よく笑う方じゃ。気が安まる。」 ふっと力が抜けた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!