曖昧な男

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次の朝は、すぐに明けた。当たり前である。 毎日、次の朝には以前の場所に戻って欲しいと願っていた。 以前の場所とは、それすら今の自分には分からないことだった。 夏の暑い朝、扇子を広げで風を顔に送り込んだ。 「若様、若様」といつも追いかけてくる老女の声は覚えている。 「あれは誰だったか?」 扇子をピシャリと閉じた。 朝食、洗顔、歯磨きと一通り覚えた事を終えて、初めて制服と言うもを着た。 「この青長い紐はなんじゃ…腰紐か?鉢巻か?」 腰に巻いたり、頭に巻いたり鏡の前でバタバタするばかりだった。 限界だ!! 「親父どの!!」 洗面所で鉢巻姿の自分をみて「親父」は笑った。 「宴会部長~」 親父は腹を抱えて笑っていた。 「これはネクタイ。このワイシャツの襟の下でクルクルと巻きます。これは身だしなみ。大体男子の格好だと思って下さい。まあ~今はあまり男女の区別が曖昧ですけど…」 「平成だったな。」 「ええ」 親父は笑いながら「立派、立派」と肩を叩いた。 我ながら嫌な感じでもなかった。 背丈は親父より遥かに高くヒョロリと手足が長かった。 親父曰わく、180㎝くらいだそうだ。 よく解らないので「そうか」と答えた。 鞄と扇子を持ち部屋を出た。 そこに見知らぬ大声の女が現れた。 「おお~っ、風邪は治ったか。秀忠ぼっちゃま。」 いきなり額を叩かれた。 「パパさんに頼まれて迎えに来てやったよ。」 「ありがとうね。」 親父はこちらに向き直って耳打ちした。 「こちらは江川徳子さん。お前の幼なじみだ」 徳子へ軽く愛想笑いをした。 「相変わらず、嫌味な愛想笑いだね。」と、徳子が呟いた。 同じ事を昔、誰かに言われた。 美しく広大な庭で「馬鹿にしておるのか?」 顔は綺麗だが、とてつもなく気が強い方だった。 「……。」 また、嫌味な愛想笑いになった。 「学校へ一緒に行ってやって。休み過ぎて行きずらいみたい。」 親父が玄関まで送りに来た。 「しょうがないよね。叔父さんに頼まれたら…」 「また、戦国国取りゲームで勝負しようね。」 「……今度こそ。。勝ちますから!」 親父は楽しそうに笑っていた。 「そうだ。こいつが変な事を言ってもききながして。どうも熱のせいで記憶が曖昧らしい。」 「はぁ?」 徳子は怪訝な顔でこちらを見た。
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