記憶-私という認識-

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  私が生まれた場所は知らないけど 私が初めて認識した我が家というものは 福岡県の直方という 田んぼに囲まれた小さな住宅街だった。 二階建ての一軒家。 小さいがお庭もあって 隣りの家には 知らないおばちゃんが住んでて 私の顔より大きな亀と よく吠える犬がいたのを覚えている。 向かいの家には 軒先に赤と銀の細長い紙が何枚も いつもビラビラ輝いていて 「あれは何?」 と聞いた私に、近所のお姉さんが 「ツバメ避けだよ」 と教えてくれた。 我が家はちょうど 道の行き止まりの所にあったから 車も入ってこないし 道路で遊んでいても 怒られる事はなかった。 でも、私は外で元気に遊ぶような子じゃ なかったから 毎日絵を描いたりお人形で遊んだりして 忙しそうにしていた。 「見て、お父さんとお母さんとあーこ!」 私は自分の事を「あーこ」と呼んでいた。 だけど私の事を「あーこ」と呼ぶ人は 誰もいなかった。 「上手ねぇ。お父さんが帰ったら 見せてあげないとね」 私の母は、デザイナーだった。 小さな会社の社長だった母は、 自宅を事務所にしていた。 たくさんの画材に囲まれていたから 私も絵が好きだった。 よく勝手に画材を持ち出して 怒られたりもした。 「お父さん、早く帰ってこないかなあっ」 父は貿易会社で働いていた。 平日は仕事で夜帰り、土日は休み。 まさに理想のお父さん。 小さくて丸い母とは真逆の 大きくて細い体に優しい顔立ち。 何よりも母を愛し それ以上に私を愛してくれた。 私はそんな父が大好きだった。 手に入らないものなんてなかった。 ねだらなくても、有り余っていた。 愛情も食料も玩具も 全てが私の為のものだったから。 世界が私の為に回っていた。 あの日までは。  
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