記憶-私という認識-

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  その男が「お父さん」になり 昔のお父さんが「他人」になってから 私は五歳になっていた。 いつからか、母も帰らなくなり 保育園にはその男が迎えに来る事が 多くなっていた。 箪笥の中もその男の服でいっぱいになり、 私達も何の疑いもなく その男を「お父さん」と呼んだ。 「あーちゃん、次は何して遊ぶっ?」 何時間もその男は 私の相手をしてくれた。 ただ、弟には一言も口を聞かなかった。 ある日、その男が大きなダンボールを 抱えて帰ってきた。 そして夕食も与えられてない私達を 差し置いて、そのダンボールから 缶を取り出した。 ダンボールにはよくわからない文字と 赤と白のロゴが入っていた。 缶はプシュッと音をたてて開けられ、 部屋中に異様な匂いが広がった。 その男は当たり前のように缶を 五本空にすると、 急に弟を蹴りはじめた。 「ぅわぁぁぁぁぁんっ!」 泣き叫ぶ弟を見下して その男は蹴り続ける。 「いちいちうるせぇんだよっ!ガキっ!」 そして近くにあった椅子を持ち上げ 大きく振り上げた。 ガッシャーンッ!!!!! 私はとっさに弟をかばった。 弟は私の後ろで小さく震えていた。 「あーちゃん‥? あーちゃんごめんね、痛かったね‥」 私に気付いたその男は 私を抱きしめて泣いた。 その男の口の匂いで 私は危険を予期するようになった。 頭がガンガンした。 その日も、母は帰って来なかった。  
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