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「それにしても……声低いわねえ。本当に高校生? もしかして留年生とか?」
やぶからぼうに何を言うかと思えば、失礼かつどうでもいい話題だった。呼び止めるなら呼び止めるなりの理由があるだろうと思ったのに。
呆れて物が言えない――というか、最初から物を言うつもりなどなかったのだが。
――前述したように、俺は胸を撫で下ろしていた。それと同時に拍子抜けもしていた。
もしこの女の髪が黒くて更に長かったら。もしこの女の背が低く、服装までもが黒いスーツへと変わっていたら。
もしこの女の瞳が、夕陽に煌めくオニキスのような色だったら……考えただけでもゾッとする。
『俺はあの女を殺してはいない』という事実は証明されるが、もしかするとその時にあの女の首を絞めていたのかもしれない。
まぁ、それはそれでいい。第二に考える事は、何故このタイミングでこの女は話しかけてきたのだろうか――という疑問点だ。
ただでさえ神経質になっているというのに、見計らったかのようにコイツは接触を図ったのだ。
耳を傾けてみれば、やれ留年生だの声が低いだの……どうでもいい話ばかり。
嫌がらせか、或いはただ単に俺へ接触することそのものに意味が込められているか……どちらにせよ、このキテレツ女の思い通りになる筋合いはない。
「あ、コラ! 逃げてんじゃないわよ! 撲殺するわよ!?」
なるほど、それは恐ろしい虚言だ。是非とも小学生あたりに試していただきたい脅迫である。声色次第では二百円ほどカツアゲできるのではないだろうか。
静止を命ず女のセリフに何も応えず、背で全てを断ち切る。しかしてその歩と罵声を休めてもらう願望だけは叶わなかった。
新聞記者さながらの追跡を披露すると共に戯言罵倒を執念深く投げかけるその様は、火偏に頁で構成される某単語の誘発を求めているようにしか見えない。
「バーカバーカ! 死んじゃえ! 死んじまえ! このセイタカノッポのデクノボー!」
「……」
「――モンブラン! 甘露煮! えぇと……栗きんとん?」
……早く帰りたい。
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