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「ここ、アンタの家?」
「……」
一戸が眼前に聳えていた。その白壁に刻まれた年季はヒビとして現れ、その歴史を物語っている。
女の言葉は間違っていない。ここは俺の自宅だ。
その事実を未だ告げていないというのに、女はその百六十センチはある体で門前に立ち塞がっていた。まるで俺の帰宅を拒んでいるかのように。
「否定しないってことは、そうなのね」
澄まし顔、言い方を変えればドヤ顔。真っ白な歯を覗かせるその生意気な笑みは、子供の浮かべるそれのようだった。
しかしながら、愉快爽快をその綺麗な顔で表現しようとて、当のコチラの心情は下向きである。
栗から芋、キノコタケノコにまで飛び火した独り言により分かった事が二つ。この女は秋の味覚が好物。そしてお喋りだということ。
接触した理由はおろか、氏名すら分からずじまいである。お喋りな分野は食い物に関する事なのだろうか。
あの黒髪の女との出会いは、まるで唐突に冷水を浴びせられたかのような衝撃。それが故に神経を張り巡らせている最中に食い物うんぬんの話など、鬱陶しい事この上ない。
……さて、とにもかくにもこれでは玄関に足を踏み入れる事もままならない。そこはかとなく迷惑そうに厄介払いしてしまおう。というか本当に迷惑なのだが。
「帰れ」
「はぁ? 初対面の相手への二言目がそれなの? もうちょっと誠意ってモンは見せられないの?」
「帰れ」
「そりゃあ無愛想な性格している奴に無理強いするのもアレだけどさ、だからって――」
「帰れ」
ふむ、なかなか難易度の高い芸当だ。そこはかとなく迷惑そうな振る舞い方は。
亜麻色の前髪の陰で瞼が痙攣していた。短気な奴なのか、既にその導火線は火花を散らしているもようだ。
阿呆と呼ぶべきか、非常識と呼ぶべきか……先にちょっかいを出した者は、果たしてどちらなのか。逆にコチラがそうしたい気分だというのに。
「あぁ、もう……まだるっこい。明日辺りに出直すことにするわ」
わなわな震える拳を背に隠し、女のため息と共にそのセリフは投げ掛けられた。
できれば二度と出会いたくない。これほどに時の流れが緩やかになってほしいと願った試しは無かった。
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