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ローファーから爪先を引き抜き、一片の曇りも無き光沢を放つ二足の踵を揃える。憂いに苛まれているとはいえ、それを理由に靴を粗略に脱ぎ散らかすなど言語道断である。
俺は屋外よりも屋内の方が好きだ。自分以外に誰もいないし、静かで落ち着く。どちらにしても雨露は無いが、他者からの介入が無い所が利点だ。
その……団体行動? クソくらえだな、言ってしまえば。端から一匹狼を気取っているように見えるのならば、勝手にしてくれて構わない。
一室に三十人弱の頭を揃えて受ける授業にも、学校の催しで組むチームにも、相互採点の相手にさえも――あまり良い気分になれない。
俺はあの高校に通うことに何の意味があるのか分からないのだ。そして最終的に、外との繋がりに嫌気が差してしまった。
何も感じない。黒ずんでヘドロ化した虚無により、その関心は沈没してしまった。
履物は二足しか置いてなかった。自らの足のサイズより大きめのローファー、先ほど履いていた物だ。そして、使い古した黒いスニーカー。それだけ。
その二足は互い互いに身を寄せ合い、殺風景かつ寂しい世界で眠っていた。
晴天、曇天、雨天、荒天――あらゆる空を嫌う俺により、土はねの一つも見当たらない。
全部……俺の靴。俺だけの、この家にある全ての靴。他の誰かの物は無い。
俺はこの家に一人で住んでいるのだ。
洗濯機の呻き声、掃除機の喚き声、時針の刻むビートらが総ての音。誰も語らず、また俺も語らない。
だから『静か』なのだ。だから自家の内外と比較したのだ。団体行動をとらない唯一の場所として、ここは最適なのだ。
俺は伸び放題の前髪の隙間から、居間に続く廊下を見やった。灯りを点けていないため、薄暗くて居心地が良い。
だが、いつまでもこんな所で突っ立っていては意味が無い。夕食と風呂の支度をせねば。
俺は誤魔化そうとしていた。今日起きた出来事を忘れるために、自然体であろうと振る舞っていた。
あの黒髪の女。脳裏にちらつく影の主……懐かしくて不気味で華美なる彼女の姿が、未だに瞼の裏で息づいている。
――懐かしい? 俺は何を考えているのだ?
これではダメだ。落ち着け、冷静になれ。別の事を考えろ。
どうにも胸騒ぎが収まらないので、俺は胸中で呟きながら洗面所へと駆け込んだ。顔を洗って、気持ちを変えよう――と。
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