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光だ。まっさらな光。
まるでトンネルをくぐり抜けた先に射し込むが如き光明。明暗などは存在しない。
この瞳孔は延々とその世界を捉える事は無かった。パールホワイトに塗装された視界には、一片のくすみも映らない。
万有引力すら働かない真っ白な世界で、俺はぽつりと浮いていた。どこが上でどこが下か、はたまたどこが右でどこが左か、果てにはどこが前でどこが後ろなのか分からない。
ただ一つだけ感じた物は、額から染み出して滴り落ちる水の存在だ。
漠然としていた予感とはいえ、動物的な勘だけは危機を告げていた。『あれを溢すわけにはいかない』と。
……しかし、この手は椀を象る事を拒んでいた。十指は脳の電気信号を蔑ろに扱い、雫と散る液体をむざむざ見送る事を選んだのだ。
本来、肉体は意思に我を押し付けない。何故なら、意思の指令の元に肉体は確立しているから。
欺瞞も下剋上も反逆も許されない。意思は絶対的であり、肉体からして見れば唯一無二の存在。
では何故? 俺の身体は何故刃向かう? 各々の四肢が独立し、俺という人間その物が分割されてしまっているのか?
ああ、そうか。かように体が軽く感じるのは、手足が分離しているからなんだ。
五体不満足なんだ。六骸は揃っていなかったのだ。
モルヒネを摂取したかのように、痛みは無かった。それどころか、肩口からも太股からも血は溢れなかった。
まるで遠い昔から自身がダルマだったかのように、俺は生きていたのだ。
――いや、そもそも俺は今現在を生きているのか? もしや、ここは死後の世界なのではないか?
寄せては帰る汐のように、自問は繰り返される。答えの見つからない波は、俺を溺れさせていた。
俺は導かれる事を望んでいるのだ。生死すら不明確な白に、一滴の黒を落とす事を期待しているのだ。
誰がそんな気まぐれに乗じる? 誰がそんな気休めに戯れる? 誰が俺を見付けてくれる? 誰が俺を生んでくれる? 誰が俺を殺してくれる?
誰が――
そして俺は眠った。
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