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何故、アイツはああも猛れるのだろう。遠くに突き放したつもりなのに、何故ああも奮起できるのだろう。
車道で呻くエンジンの音すらも掻き消すような、轟轟たる咆哮。あの爛漫な容姿には不似合いだ。
俺は気付いた。あの女の姿をしっかり覚えているという事に。おぼろげにぼやける事なく、鮮明で明確な……そのシルエットを。
昨晩ベッドの上で過った予感は、今ここで確信に変わる。アイツが近くにいる限り、それは無限に昇華していくであろう。
俺が最も忌んでいる『他者との繋がり』を強いられる、華やかだが胸くそ悪い世界へと色づいていく。モノクロから虹色に変貌してしまう。
せっかく形成できていた己自身が、たった二人の女につつかれただけで崩壊してしまう。望まぬ方向へと、足を進めてしまう。
誰かが一見すればきらびやかな花園は、俺からして見れば荊(いばら)の森。他の誰かが『浄化』と受け取ろうが、俺は『蝕穢』としか受け取れない。
変わりたくない。この数年間の自分の人生を否定したくない。唯一信じていた自分を、裏切りたくない。
俺は――
天の邪鬼な俺は、重い一歩を積み上げ始めた。これでいいのか、これでいいんだ。そうやって自問自答を重ね続け、密かに自分への疑惑をぶら下げながら。
「アンタさぁ!」
もう信号は赤色。行き交う車達を挟んで、彼女は特徴的な声を枯らしながら叫んだ。
その聲がしっかりと聞き取れてしまう自分が情けなかった。いくら逃げても聞こえてきそうで、離れるだけ無駄だとさえ思ってしまった。
「下らなくなんかないわよォ! アンタみたいに、頭ン中だけはお喋りな奴はねぇ! 自分に対して色々と託(かこつ)けて、無理してるんだってばぁ!」
いつまでも赤信号が続いてしまえばいいと思った。遠ざかる車道を――そして亜麻色の髪の乙女を背に、俺は足を早める。
俺は絶対に無理などしていないから、彼女の言葉を信じてはいない。信じてはいけない。
それからは走りながら己を諭し、いつか耳に届く物が鐘の音だと気付いた頃は、教室の戸を開いた時だった。
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