0.触穢へのペレストロイカ

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   俺は腕に顔をうずめ、心の中でひたすら「眠れ」と唱え続けていた。辺りで語らう若人達の声々は、いつになく耳障りに感じ取れる。  俺は本当に自分を信じているのだろうか。いや、それよりもあの亜麻色の髪の女の意図は――しかし、一番先決すべきは事は黒髪の女に遭遇しないように――  ……寝られるわけがないだろう。そういえば昨晩もこうして眠れずにいたし。 「なんで昼休みに昼飯も食わないで寝てんのよ。wake up! 起きろ! 朝だぞぉ! じゃなかった。昼だぞぉ!」  その刹那。暗闇に差し込む光は、ハスキーボイスと共に訪れた。  伏せていた顔を支える腕は、その声と共に右肘から一気に持ち上げられる。それはそれは凄まじい腕力で。  考え事をしている最中に不意打ちをくらった為、左のこめかみを机に強打。相変わらず無痛だが、瞬間的に視界が霞んだ。  俺の腕を吊り上げている者は、今朝も見た顔と一致していた。あの亜麻色の髪のキテレツ女だ。  なんなのだコイツは。わざわざ何をしに来たというのだ。その制服から、同じ学校に通っている事は知ってはいたが…… 「何よ、起きているじゃない。アンタね、昼飯を抜いて午後の授業を受けられるとでも思っているの? わざと空腹と戦うというドMプレイでもしているの?」  その目は、まるで下等生物を見下すかのように蔭って(かげって)いた。  今朝、俺の家の門前で待ち構えていたコイツと遭遇した瞬間。あの時と同じ心境へと踏み込む。 「……」 「まぁただんまり。せっかく二言以上喋らせてやったのに、物言わぬ屍に戻ったってぇの?」  屍とは大層な物言いだ。死んだように生きていたという事実は否定しないが。  その長髪を鬱陶しそうに掻き上げ、淡く甘い香りを撒き散らす女。脇に立つ青年はすぐに振り向き、うっとりと彼女の横顔を見つめた。  ああ、なるほど。どうやらコイツは端から見てもルックスだけは評判なのか。俺だけがそう思っていたわけではないのか。 「ちゃんと人の顔を見てこそ、話は聞く物でしょうが! シバくわよ?」  肘から手を放し、今度は首根っこを鷲掴みして揺さぶる女。いや、シバかれているも同然の仕打ちなのだが。  そうやって頭を揺さぶられながら、ため息をつく俺。うだうだと騒いでいた脳内は、それと一緒に軽くなったような気がした。
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