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「ホラ、お金を出しなさい」
俺の鼻先すれすれに手を広げ、威圧するように一言。どう見てもカツアゲだろう、これは。
第一、俺は学校に金銭を持ってきてはいない。火がない所に煙は立たないように、金銭を学校に持って来なければ盗難には遭わないから。
よって、彼女の手には何も置かれなかった。仮にお金を持っていたとしても、何も置く事はしないが。
「今から購買でパンを買ってきてやるから、早くお金を出しなさいってば! 食わなきゃ力も湧かないでしょうが!」
そう言って彼女は、俺のバッグを掠め盗った。別に覗かれて困る物など入っていないため、俺は何もしない。
――いや、何もできなかったのだ。コイツは今、何と言った? パンを買ってきてやると言ったのか?
俺はただただ、教科書しか入っていないカバンに手を突っ込む女を見つめるだけだった。仲が良いわけでもないのに、何故そんな配慮をしようとするのだ?
「……」
「チッ、無いわねぇ。まさかポケットに財布を忍ばせているとか?」
あさったカバンのファスナーを閉め、椅子に座る俺の襟首を再び鷲掴みにする。
尋問官よろしくと言わんばかりに強く閉め上がる首は、やはり痛みが無かった。
その威圧的な形相と諸行に耐え兼ね、俺は閉ざした口の閂を外し、開いた。
「……無い」
俺の呟きに、彼女はぐいと顔を引き寄せる。そして俺の顔に向かって、その耳を向けた。
俺の声が小さかった為、聞き取れなかったのだろうか。
「あ? もういっぺん言ってみな」
「……財布なんて無い。金銭は基本的に持ってきていない」
今度はきっぱりと、言葉を濁さずに俺は言ってのけた。すると、その横顔はみるみる内に真っ正面の顔へと変わる。
感慨深そうにコチラの目をまっすぐ見やる女は、まばたき一つせずに俺の目に無言で訴えかけていた。
襟首を掴む指は力を緩め、遂にはゆっくりと離れていく。
「ふぅん……最初っからそう言えば良かったのに。じゃあいいわ、パンの一つや二つ、アタシが奢ってあげる。ありがたく思いなさい」
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