1人が本棚に入れています
本棚に追加
それだけ言い放つと、今度はその長髪で螺旋を描く。そして何事も無かったかのように歩きだした。
呆気にとられる俺は、その姿勢のままで見送っている。あちらこちらからも視線を一身に浴びながら去っていく、彼女のその背中を。
はぐれ者である俺に、下らない理由で近寄ってきたアイツ。一体どのような得があって、こんなマネができるのだろうか。そこまでするほどの価値など、俺には無いというのに……
気付くと、辺りで昼食を採っている生徒達と視線がぶつかっていた。それを察した者々は、慌てて顔をそっぽへと向ける。
まるで俺という人間が存在していた事を、今まさに知ったかのように――亜麻色の髪のアイツの目には映っていたのに、コイツらの目には映っていなかったかのように。
「……」
俺は席を立ち、ざわめき声でごった返る群衆をすり抜けた。追ってくるは、どよめきとぬるい視線だけ。
廊下に躍り出ると、俺は目を右へ左へ走らせる。あの背中を探しているのだ。
馬鹿か、俺は。なんですぐに止めなかったのだ。アイツとこれ以上関わったら、永いあいだ保ち続けてきた自分自身を否定する事になってしまう。
言ってしまえば良かったのだ。「余計なお世話だ。パンなどいらない。煩わしいから、二度と関わってくるな」と。
昼休みの放送が流れている。流行りの物と思われる歌が、校舎に木霊していた。テレビのコマーシャルで何度も流れていた、久代聖華とかいう女の曲である。
その名が出ただけでも、各々の教室から歓声が沸き立つ。しかし、俺はそれを歯牙にも掛けずに一人の女を探していた。
少なくともパンを買うならば、購買に向かえば彼女と遭遇できる。真っ先にそちらへ走れば良いだけの話だ。
――だが、俺は購買の場所を知らない。興味を抱く事が無く、日常を送ってきたからだ。
俺が知っている道のりは、この廊下を歩いてトイレを通り過ぎ、下駄箱まで続く間だけ。
「……」
チンタラと考えていても、何の意味も為さない。とりあえず探すだけ探してみよう。
ポップなバックミュージック。リズミカルなそれとは裏腹に、ひどく不規則な足音は暫し鳴り続けていた。
最初のコメントを投稿しよう!