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結果、購買は見付からずに昼休みは終わってしまった。勿論ながら、あの女の姿を見付ける事も不可だった。
恐らくアイツはもう、教室に戻っている。空っぽの俺の席を見て、きっと「無駄な事をした」と思い知っている。
そうか、なるほど。ある意味これは最善の選択肢だったのかもしれない。結果的にアイツへ悪印象を与えられたのだから。
わざわざ追いかける必要など無かったのだ。あの場所から姿を消しているだけで、全てが丸く収まっていたのだ。
俺は悪くない。アイツが勝手にパンを買ってきただけの話だ。罪悪感など全く無い。
予鈴が既に鳴っており、教室へと運ぶ足は速まる。しかして、実際にそこへ近付いているかどうかは一切不明だ。
この状況を必要最低限の語数でまとめるとしたら、恐らくこう言えるだろう。
……道に迷った。
人っ子一人通らない、延々と続く廊下。美術室だの音楽室だの、各教室にプレートすら付いていない寂寞(せきばく)の道筋だ。
窓ガラスの向こう側に広がるは、電車が走る線路が引かれた都会。装飾品となるビル群が、その荘厳さを物語っている。
まずい。これは非常にまずい状況だ。この学校の校舎が広大である事や、あのキテレツ女が次に発する暴言の予想などどうでもいい話。
単位だ。学生ならば誰しもが欲する単位を、愚かな理由で落とす事が嫌なのだ。
一年生の内は特にそうだ。ほんの一片の堕落が、これからの進路に響いてくる。
そうなっては、未来の自分に申し分が立たない。何よりも優先してきた自分が、まともな人生を踏み外してしまう。
……今の俺も、まともな人生を歩めているかどうかは定かではないが。
――黙然。俺は足を止めた。
昼下がりに差し掛かり、幾分か暖かいはずの気温は降下。吐息は白まないのに、踏まれた霜のように軋む皮膚。
直感的に『あいつがいる』と、俺は察した。その足音を耳にするよりも早く。その姿を確認するよりも早く。
思い出すな。絶対に記憶を辿るな。
あの姿を、あの女を、あの瞳を、あの黒を、頭に浮かべてはならない。
落ち着け。ここにあいつがいる事くらい予測できていたではないか。迷う必要は無い。
そうやって冷静になるよう自らに語りかけた。しかして重力が何倍にもはね上がったかのように、その膝は笑っていた。
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