1.眩暈へのサンタ・バーバラ

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   阿久根真矢が目を醒ましたのは、既に太陽が傾いた時の事だった。その双眸を血走らせ、悪い夢から飛び起きるように。  真っ先に視界へ入った物は、ベージュの天井。真矢はしばたたきながらも、この場が廊下ではないということを察した。  かように寝心地が良いのは、自分が横たわっている敷物が柔らかいからである。少なくとも、廊下よりも柔い何かだ。  俺は何故、こんな所にいる。気でも狂ったのか? 真矢は胸中で呟く。仰ぎ見るベージュと、羽布団のような和らぎに寝転びながら。  とうに眠気などは吹き飛んでしまっているというのに、半身を立てる気にはなれない。  寝心地が良いから――などという理由からではなく、動揺のあまりに何をすればいいか分からなかったからである。  彼はあまりにも多くの原拠を短時間で駆け抜けてしまった。新たなる火種を受ける鉢はもう、一つたりとも空いていない。 「ほぁ、気が付いたんだ?」  濁り切った瞳は揺らがない。しかし、真矢は確かに身を強張らせた。  どこか抜けており、また記憶にも新しい声が耳に届いたからだ。  真矢は顔をそちらへと向けられない。あまりにも鮮烈に鼓膜へ刻み込まれた音が、その体をがんじがらめにする。  もはや逃げ場も手段も、残されてはいなかった。 「このまま夜になっていたら、病院に連絡しようかと思ったよぉ。起きられる?」 「……」  最悪だ。この上無いほどに危うい現状に、真矢は心肝で言った。  現代人がごく一般的に述べる単語の本来の使い道は、まさにこの瞬間だった。  亜麻色の髪の女よりも、自分がここにいる事よりも、何よりも優先して気を張る対象がそこにいる。  絶望的。それは極めて絶望的な状況だ。  それ故、女の言葉に真矢は沈黙でしか返せなかった。 「大丈夫? どこか痛かったり、病気とかしていない? きみ、昨日ケガして吐血していた男の子でしょう? もしかしてソレの影響で……」  真矢の無言に不穏な気配を感じたのか、椅子の車輪の回転音が響く。  次いで鳴るは、はたして軽やかな跫音。  一色の中に一塊の黒白が、彼の目に映る寸前の事だった。
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