0.触穢へのペレストロイカ

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 黒、黒、黒。そして白。  夕陽の海を泳ぎ、階段を二~三段ほど降った頃にそれはあった。  単刀直入に言えば黒八割、白二割。窓から射し込むオレンジ色の光の中、その存在だけはまるで白黒写真を切り取って貼り付けたかのような不自然さを負っていた。  階下より出でしそれは、ちゃんと人の形をした女だった。ただ、その風貌は今までに見たことの無い違和感を纏っているのだ。  首から下は喪服を彷彿させる真っ黒のパンツスーツ。その長い脚はすっぽりと隠れてしまっている。  黒真珠の如き艶やかな長髪は腰の辺りまで伸びており、ムラの無い滑らかな光沢を帯びている。  中学生を連想させるほど低い身長をしているが、そのウエストはいとも簡単にねじ切れそうなほどに括れており、比較対象がいないのにも関わらず高く見える腰。スーツ越しでもその秀でたスタイルは、『完璧』の一言に尽きる。  そして極めつけに顔だ。とても同じ人間とは思えないほどにパーツというパーツが整いすぎていた。  黒曜石にも似た瞳は、パッチリと開いた眼の中で絢爛に瞬く。手入れが行き届いているのか、肌の色はまるでしらたまのようだった。童顔かと言われれば、否定はできないだろう。  顔と手と、黒いネクタイを映えさせるワイシャツ、彼女の白い箇所はそこだけ。  平安時代が形成された頃から日本人に代々伝来してきた『大和撫子』という表現は、この女にこそ相応しい。そう思わざるを得なかった。  何事にも無関心を貫く自分でも、視線が吸い込まれていく事が容易に自覚できた。  なんだこの女は。姿を現しただけなのに、あっという間にこの場の空気を掌握されてしまった。  黒く長い脚が生み出す些細でささやかな一歩一段。それに呼応するが如く軽やかに揺れる黒髪は、その一本一本が規則正しく滑らかな波を描いている。  まだ女とは数段ほど距離があるにも関わらず、すぐ隣で見詰められているような圧迫感すら覚えてしまう。  視線を気付かれてはいけない。動揺を見せてはいけない。関わってはいけない。注意を告げるシグナルは、この女の正体を知るまでもなく点滅していた。
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