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「……まあ」
ノイには、ボクがこれからどうするかについて既に話をしてあった。何をするか具体的には言っていないが、彼女の怒りは独断で物事を進めたことにあるようで、
『人のこと考えないで勝手に物事を決めないでよ!』
と怒られてしまった。それが前回の、で、デート……だったので、本当は今ここにいるのが少し気不味い。より正確にいえば、気不味かった。
「だから、最後は少し街外れまで移動しない?」
ノイの言葉は、提案だった。言葉の槍が押し寄せてくるだろうと考えていたので、その意味では安心した。
「う、うん。それ位なら構わないけど」
夜に待ち合わせている人がいることは黙っておくべき、なんだよね?
敢えて目を合わさずに回答したことを、ノイは照れ隠しと判断してくれたのか、
「じゃあ、行きましょう!」
ボクの手を握った。冷えた手に、彼女の温もりは暖かくもあり、そして申し訳なくもあった。商店街を横切る人込みの多くは、ボクらの、正しくはボクの些細な行動や感情の変化などを無視して横切っていく。
商店街と人気のない歓楽街を抜けると、新興住宅街となる。幼児が公園の遊具で思い思いの遊びをしており、その母親達は数人で群れて井戸端会議に夢中になっている。
そんな中を、手を繋いで歩くボクらの姿は、そしてボクを見て母親の何人かは眉を寄せた。中には、「何あの髪……」とか、不快感を露骨に示す母親もいた。ノイを悪く言われているのは自分のことを嘲笑われるより腹が立つ。自分のことは残念ながらもう慣れた。
そんなお世辞にも歓迎されていない状況なのに、ノイは平然とした顔でボクを引っ張っていく。
「みんな幸せって訳じゃないのね」
その道中、彼女はぽつりと零した。意味が分かりかねたので聞き返したら笑われた。馬鹿にされた気がするのだが不思議と怒る気にはなれなかった。
「だって幸せなら、不満なんて言わないでしょ?不満があるから、幸せそうな人を見ると嫉妬しちゃう。嫉妬するから、あんな言葉が出ちゃうのよ」
「ボクは、ただ自分たちの常識にそぐわない行為をしてるのが許せないだけな気がするけど」
「キースは法律を学んでいるからかな、考えが硬いのよ」
ボクの考え方が硬いのか、それともノイの考え方が現実離れしているのか。それはボクにも分からない。ただ、ノイの放った言葉だけは耳について消えそうになかった。
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