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新興住宅街を抜けると、小高い丘があった。感覚はなかったが、これまで来た道は全てなだらかな上り坂だったようで、没個性的な建物の群を抜けると、急に視界が開けた。
「どう、キレイでしょ?」
夕焼けの時間、広大な大地。そこに点々と灯る人々の営み。紫色に移り始めた空から微かに漏れる、小さな光の粒。そしてその向こうに広がる、余りにも雄大な海。
オレンジ、紫、白い点。全てが水平線と空の二枚の間で、矛盾することなく調和している。静かに風が吹き、木々がざわめいた。それすらも風景の一部と化す、壮観な景色があった。
「すごいよノイ、どうしてこんな綺麗な場所を?」
「花屋の配達で偶然ここに来た時に見つけたの。いつかキースを連れてきたかった……」
隣でノイがそんな事を呟き、ようやくボクは彼女がここに連れてきた理由が少しだけ分かった。
「……ごめんね」
「…………」
少し前にボクは、ノイが怒っているのではないか危惧していた。でも、面と向かってボクに言葉の槍が飛んでくることはなく、ボクはほっとした。
確かにノイは怒っていなかった。しかし、それがボクを許したことに直結するわけではない。悔しさとも、名残惜しさとも共有する範囲を持ちつつも、そのいずれとも異なる感情。ボクはその感情の名前が分からない。多分、持ち主である彼女にも。
ただ、確実に言えるのは、その名状し難い感情を彼女に植え付けたのはボクなわけで。
だから、謝るしか出来なくて。
「……何を」
微かな声、闇に溶けかけた夕焼けの世界に、そんな声が生まれる。
「何をするつもりなの?」
震える唇が、核心に触れた。その答えを言う事が出来る人間は、今のところ一人しかいない。そしてそれは、ノイではない。
それを、ボクはストレートに伝えた。
「……答えられない」
いずれ答えられる、或いは口ではない方法で伝える。それが言えたら、どんなに彼女を救えただろうか。
だが、乾ききった喉はそんな言葉すら吐くことを許してくれなかった。どうやらボクは、咄嗟のフォローが不得意らしい。
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