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「……そう」
納得してくれる筈がない。その言葉が仮初の言葉である位、ボクにも分かっている。無理に納得しようとする彼女の姿を見るのは、痛々しいとかそんな形容ではとても追いつかない程胸が締め付けられる。
「……わがまま、だよね」
「わがままなのは、私も一緒よ」
そんなことはない。ボクは女性では分からないからその心理は図れないが、ノイが自責の念に駆られる必要はない。あるはずがない。
「キース」
夕焼けも終盤に差し掛かり、いよいよ闇がボクらを包もうとしている。頭頂部だけ覗かせる太陽の最後の輝きが、彼女の横顔を浮かび上がらせている。つい見とれていると、その唇がボクの名前を呼んだ。
「私は、ここにいるから。ここで待ってるから。何をするのか、何処かに行くのか、分からないけど、待ってるからね」
「……ありがとう、ノイ。大丈夫、帰ってこれると思うよ」
「思う、じゃダメよ。絶対帰ってきなさい」
……言葉の使い方というものは、本当に難しい。不貞腐れるノイを見ながら、ボクはそんな事を考えていた。その瞳が潤んでいることは無視した。それが、今のボクにできるせめてもの優しさだった。
夕方が夜に変わる。ボクらはそんな中を、とりとめのない会話をしながら歩いていく。住宅街の母親達も既にいない。手を繋ぎながら帰るボクにとって、ノイの小さな手は暖かかった。暖かすぎて、少し寂しかった。
「じゃね、キース」
「……またね、ノイ」
ありふれた言葉でボク達はしばしの別れを告げた。時折振り返りながら、その度にこちらに手を振り返すノイを見ても、恥ずかしさを感じることはなかった。ボクは、闇の向こうに彼女が消えてしまうまで、何も考えることなくその背中を眺めていた。
「……行くか」
倦怠感とか、喪失感とか、そんなものを振り払うように、ボクも歩きだす。
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