Zwei

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 王都といえど、夜になると人影も疎(まば)らになる。ましてや、大通りから一本逸れた裏道に入れば、街灯もなければ人影もない。その代わり、民家の窓から溢れる光とおいしそうなシチューの香りが五感を刺激する……お腹空いた。  足早に家路を急ぎ、二年以上通い慣れた小道を曲がる。年代物の安いアパートが見えてきた。そこが、今のボクの城。   「……あれ?」  昼に部屋を出たので、カーテンは開け放ったままにしてきたはずなのに、今ボクの部屋は当たり前のようにカーテンが閉まっている。何故なのか考えて、すぐに答えが出た。 「……伯爵、もう来てるのかな?」  急いでアパートの階段を駆け上がると、ボクの部屋の前に最近顔見知りになった人物がいた。伯爵のお付き兼護衛の、確かミディアルとかいう男性。柔和な表情をしているが、格闘技の達人らしい。もっとも、ボクは彼が格闘技を使っているところを見たことがない。ボクの顔を認めると、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている……何かボクの頭に異変でもあったのだろうか。 「……キース様、伯爵が既に中でお待ちです」 「鍵をどうやって開けたのですか?」  この人や伯爵を前にすると、反射的に口調が変わってしまう。それは、彼等から滲み出る風格のせいか、それとも着ている洋服が高級品だからか。或いは住む世界が違うからか。しかし、いずれにしてもボクの部屋に勝手に開けられる理由にはならない。というか、そんなものでボクの部屋が開いてしまってはたまらない。 「最初から開いていたとのことですよ」 …………。  ボクの部屋は、決して広くない。築造されてから年数も経っているので綺麗でもない。掃除はしているけど。  それでもボクの部屋がさっぱりしているのは、単に家具が少ないという点に尽きる。キッチンには小さな棚しか置いていないし、リビングには勉強机とベッドと本棚しか家具らしいものはない。  そして、その勉強机に腰掛けている一人の老人がいた。ボクと同じ白銀の髪――老人の髪は経年による現象の賜物だが、ボクの髪は先天性の病気のせいだ――をシルクハットでおしゃれに飾り、服は上下ともに最高級のスーツを着ている。しかし、スーツに呑み込まれることなくその存在感を存分に放っている辺り、やはり並々ならぬ威厳の持ち主であることを痛感させる。 「調子は如何かな、キース君?」 「お陰様で元気です、ミュラー伯爵」
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