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「は、伯爵。ここでワイン開けるのですか?」
この伯爵が、尋常じゃなく酒飲みだという事だ。以前も晩酌に付き合ったことがあるが、その時はワインのボトルを一人で五本は開けていた。対するボクの方が、グラス一杯で真っ赤になってしまったくらいだ。
これから大事なことを打ち明けるというのに、酒を飲んでボクが酔い潰れてしまっては情けないことこの上ない。
何としてでも阻止しなければ。
「伯爵、まずはボクの話を聞いていただけますか?」
「そうだな。話の内容を伺うことにしよう。その為に来たのだったな」
任務は成功したようです。
真剣な表情でボクを鋭く見据えるミュラー伯爵。その鈍色の眼は眼光鋭くボクを捉えて離さない。社会に揉まれ、官庁のトップとして君臨する人物の本気ともとれる姿勢に、ボクは一瞬だけ、本当に一瞬だけたじろいだ。
しかしボクも負けてはいられない。目の前に立ちはだかる敵として、この伯爵は最初の、そして最も倒しやすい相手だ。そんな相手に尻込みしていては、ボクの目的を果たすことなど到底出来やしない。
自らを奮い立たせ、唇を動かす。それが武器だ。それが防具だ。この装備で伯爵に立ち向かうのだ。「……ボクは今日付けで学校を休学しました。そして、これから旅に出る予定です。行先は、各地の遺跡です」
「…………」
ボクの発言を聞き、伯爵は微動だにしなかった。しかし、相手は現役の法務大臣だ。ボクの発言がどんな意味を持っているか、気づかない訳がない。
「ボクは知りたいのです。何故憲法41条が存在するのか。何故、歴史という学問を憲法により抹殺する必要があったのか。何故、そこまでしなければならなかったのかを」
紡いだ言葉は、もう取消しがきかない。言い終わってから、もう少し慎重であるべきだったと後悔した。ボクの頬が熱いのは、きっと僕の頬の近くで煌々と燃えるランプの明かりのせいだけではないだろう。
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