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時計の針を見ると、講義終了五分前だった。
首を左右に振ると、受講生の大半が真剣な顔でノートに何か書きこんでいる。実に模範的な行動であることは分かるのだが、何となく不気味なのは何故だろうか?
その上、ついさっきまで自分もその一人だったことを考えると不思議な感じがする。
ここは王国立大学法学部第三講義室。漢字で書くと異様に長ったらしい名前の場所だ。
午後の日差しが燦々と降り注ぐこの時間、この三講――長いからボクも含めてこう略す――では、憲法の講義が行われている。教鞭をとるのは、学部生から絶大な支持を得ている教授、アルファド・ジルバ教授。法学部学部長でもある人物だが、講義の分かりやすさ、品の良い紳士的な容姿や立ち振る舞いから男性女性問わず人気がある。
「……では、今回はここまでとする。なお、次回は小テストを行う」
アルファド教授のよく通るバリトンボイスが恐怖の単語を紡ぎ、講義室内の時間が一瞬停止する。そんな光景をもう飽きるほど見てきているのだろうか、学部長は笑みを浮かべていた。まるでそうなることを見抜いていたかのように。
「……何、諸君気にすることはない。テストの範囲を今から教えるから」
問題はそこではない。抜き打ちのテストを行う事が問題なのだ。少なくとも、ボクを除いた大勢の学生にとっては。
「範囲は憲法13条から28条、それと41条だ。特に41条に関する学説の変遷、及びそれを支える歴史の価値観の変化は必ず出すから、よく復習しておくように」
簡単に言ってのけるが、この範囲は相当に広い上にややこしい。憲法13条から28条と言えば、臣民の一般的権利や義務を定めた条項だ。そして、41条の「アレ」といえば学部長の専門分野である。これは、みんな苦労するだろうな……。
「では諸君、来週の健闘を祈る」
期待のこもった視線が講義室全体を見回していたが、その視線がある一点で止まる……その先にいるのは、ボクだ。その理由は分かっているので、ボクは小さく舌を出した。
向こうもボクのリアクションを見て、ついと目線を離す。そして参考書の束を脇に抱え、そそくさと出て行ってしまった。
教鞭に立つ人物がいなくなり、講義室が蜂の巣を突いた様に賑やかになる。ボクはその中を逃げるように駆けだした。人が多い状況が苦手だから。
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