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そう。それが歴史のあるべき姿。過去を幾年にも渡って積み上げる趣旨は、今を、未来をより良くするため。過去に起きた過ちを、今で、未来で繰り返さないため。
「それなのに、歴史の学習を禁じた……それには、歴史の学習を禁じるほど、それ以上に、そんな規定を設けることが『常識』だと臣民の大多数が思わせるような『何か』が起きた筈なのです」
「『何か』とは?」
「……分かりません」
用意していた嘘を吐いた。本当は推測をしている。しかし、それをこの人の前で言うのは得策ではない。
「ですが、臣民の常識を新たに作り上げる程の衝撃を与える事件である事は、間違いないでしょう。そして、それならば世界のどこかの史跡に何らかの手掛かりが残されているはずです」
伯爵は、ボクの推測を聞いていた。その表情に、笑みはない。あるのは、熟考。何を考えているのかについては、今更改めて思考する必要もない。
「なるほど」
時の針がまた気になりだした瞬間、伯爵が口を開いた。それまでとは異なる、重厚な声色。ボクの身体が、強張る。
正直に言うのならば、この時のボクは猜疑心に満ち満ちていた。身体を強張らせるという表現は、正確には「いつでも逃げられるように心と体の準備を整えた」とする方がいいのかもしれない。
「君の強固な意志を感じさせて貰った。宜しい、協力しよう」
だから、その言葉を聞いても理解が出来ず、ボクは椅子を思いっきり引いて逃げ出す準備を整えて、
「え?」
あまりにも唐突なボクの動きに硬直してしまった伯爵と同様、二人で仲良く固まってしまうのだった。
「……ははは!成程、私が否定する場合も想定した上での行動、という訳か」
「当たり前です。万が一の事態も想定しておかないと、捕まったら死刑なんですから」
硬直が溶けるまでやや時間が掛かった。その後、ボクの突拍子もない行動について釈明すると、伯爵は何の躊躇いもなく大声で笑ってくれた……そこまで笑う必要、ある?
「それに伯爵時々微笑んでいたんですよ。それがどんなに恐怖だったか……」
「うむ、そうか。その自覚はなかったが、それもまた止むを得んのかもしれぬな」
不平不満を正直にぶちまけたら、思わぬ答えが返ってきた。止むを得ない、とはどういう意味だろうか。問い質すと、とんでもない答えが返ってきた。
「君は、昔の私と同じことをしようとしているということだよ」
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