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「いいえ」
あれ、違った。この事実に驚いたのはボクだ。伯爵の方は、それほど驚いていない。
ボクはこの人物を過大評価していたのだろうか。いや、そんなことはない。とすると、これからの提案はそれほど突飛なものなのか。いや、そんなことはない……多分。
「では、どうするのかね?」
「ボクの計画では……」
温めていた計画を、打ち明ける。夜の闇に包まれた窓の外は静けさに溢れかえっていた。少し離れた場所からでも、ボクの声が聞こえてしまいそうな程に。
ボクの声のトーンが下がったのは、そんな警戒感の表れ。ここから先の話は、絶対に聞かれてはならないのだから。
「…………」
「それは、また……奇怪な依頼だな。それが、どのような結果を齎すものか、分かった上で言っておるのだろうね?」
奇怪と言われてしまった。さっきの疑問は後者が正しい解だったようだ。ただし、奇怪な依頼であろうが脳味噌はまともだ。つまり、その奇怪な依頼も理解した上で発言している。
ボクがその旨を伝え――首を縦に動かしただけだけど――ると、ミュラー伯爵は複雑そうな顔をした。そんなに無茶なことも、無謀なことも頼んでいない。
寧ろ、ボクの依頼した内容は恐らく最善の方法だと信じている。
「承知した。それならば、君の依頼した通りにしよう」
「ご協力、感謝します」
そう言って、ボクは席を立った。ワイングラスを取りに行くためだ。自分の分はないが、客用にワイングラスを一つだけ用意してある。
客用のワイングラスに曇りや汚れが付いていてはマナー違反だろうと考え、仄かな明かりにグラスを翳(かざ)す。光に淡く照らし出されたグラスは、ボクの顔を映しこんでいた。
長きに渡り嫌いでどうしようもない白銀の髪に、黒縁の伊達眼鏡の奥に鎮座する黒い瞳。それらを含めた顔全体が、グラスの向こうでその顔の持ち主に疲労を訴えていた。その表情の奥に、微かな安堵を湛えつつ。
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