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勿論、男がいる事等知らなかった。ただの独り言だった。
(気配を感じなかった…?)
否、違う。元より誰も居ないと思い込んでいた。それにリキもいる。自分(ルディ)に害を及ぼすであろう者を、彼が放っておく筈がない。リキに視線をやると呑気に尻尾を振ったままだ。
ルディは目の前の男に視線を戻した。
「どうかした?」
睨むように見つめるルディに男は惚けた様な顔をして、軽く首を傾けた。
「さっきから居た?」
「居たよ?何度か声もかけてたんだけど…」
つまり目覚める時に聞こえた声はリキではなく、この男の声だったのだ。
ルディは“成る程”と頷いた。
「それにしても酷い怪我だな…早く病院に行かないと。保護者の方は?」
男は言葉を繋げながらハンカチを取り出すと、血だらけになっているルディの足に巻き付ける。
(何、こいつ…)
さっぱり訳が分からない。何故こんな事をしてくれるのか。
もしかしたら自分の事を知っているのだろうか。油断させて殺す気なのだろうか。
いや、神に引き渡すのかもしれない。けれど、そうだとしたら何故リキは何もしない?
いずれにしろ、男の目の前では聞く事も出来ない。
ルディは様子を見る事にした。
「いないよ、誰も」
「えっ。いないって…一人で来たのか!?何をしに!?此処は立入禁止の森だぞ!」
男はルディの言葉に明らかな動揺の色を見せる。
何故?
「何を驚いてるのさ。一人で森にわざわざ来たんだ。死ぬ以外に何があるって言うの?」
声には馬鹿にしたような笑いを含ませた。
ここが立入禁止の森だなんて知らない。此処が何処かなんて知らない。知っているのは、此処が人間界という事だけ。
けれど嘘をついてはいない筈だ。
自分は、死ぬ為に“落ちた”のだから。
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