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開け放たれたテラスの窓。
庭から届く蝉の声が、暑さを誘う。
「待ち侘びたよ……ようやく、この日が来た」
向かいで朝倉翁が呟く。俺はテーブルの縁を見つめ、軽く息を詰めた。
政治にも多少なりとも影響を及ぼす、老獪な経済界の巨人――そして俺が死に追いやった、可奈子の父親。
この人と会うたびに、形容し難い空気に包まれる。それを生み出すのは、威圧ではなく、彼の威厳か。
「今日は車か」
「はい」
「そうか」
ソファに深々と身を預け、彼は残念そうに唸った。
「君の新たな門出を祝って、一杯やりたかったが――私は心から、君を祝福するよ」
俺はほっとした。
「――感謝します、朝倉さん」
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