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言葉を待つ間にも、何を懸念がってか、翁の表情がみるみる険しくなっていく。
「一昨日、連絡があった――姉の美優が、帰ってくる」
――あの美優が。
その一言には確かに驚いたものの、俺は話を適当に流そうとした。――しかし。
「君とあの子のいきさつは昔から知っている。……君は達者かと聞かれたよ」
「……朝倉さん……」
「気にするな。別に責めるべき事ではない」
この朝倉翁の言葉こそ、俺の度肝を抜いた。
まさか翁は、俺達のことを知っているというのか。
内心激しく狼狽える俺に、静かな声が語りかけた。
「『年一回しか会わない男だから』と言って逃げたが……心に決めた人がいるならば、一応はあれに気をつけてくれ」
何も言わず、翁に深く頭を下げる。
それが、この時俺ができる精一杯の礼だった。
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