序章

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桜も咲き誇る春の季節。 自然公園の桜並木の中、一際大きな桜の樹を見上げる人影があった。 彼――色逆響也は、静にジッと桜の樹を見ている。哀愁を漂わせながら。 ――――ありがとう。 その一言が、彼の頭の中で何度も浮かび上がる。 響也の背中は、まるで失恋したばかりの青年のようだ。 「…………」 京都から此方――喜多守市に越してきて一週間。 その間に何があったのか、今は語らないでおこう。 「…………帰るか」 響也が儚げに目を伏せ、踵を返す。 瞬間――――。 「――少年――」 「…………?」 何処からともなく、というより、彼の背後から声が聞こえてきた。 若い女性の、透き通った声。 周りには自分しかいない。 故に、その声が自分に話し掛けている事は、すぐに解る。 しかし、 「…………あれ?」 振り返ったところで、誰もいなかった。 人影など、ひとつも見えない。 「――ここだよ。少年――」 それでも声は聞こえてくる。 一体何処から話しているのだと思い、辺りをきょろきょろ見回す響也。 けれども、やはり誰もいない。 彼はいよいよ寒気がしてきた。 が、ついさっきまで自分が眺めていた光景に変化があった事に気付く。 「…………黒猫?」 彼が先程まで見上げていた桜の樹。 その枝に、鮮血のように紅い眼を持った黒猫が乗っていた。 (…………流石に猫が喋るなんてファンタジーな事象は起こらないだろ) 黒猫を視界から外し、再び周囲に人影が無いか探す。 「ってちょっと。一度こっちに視線を向けておいて、スルーは酷いんじゃないのか?」 「あー、どこにいるのかなー、謎の声ー」 分かっている。響也は分かっていた。 謎の声が黒猫の口の動きに合わせて聞こえてくるという事を。 それでも、彼は現実逃避を続けた。 「はぁ……仕方無い」 そう聞こえたかと思うと、 「うぉっ!?」 黒猫が響也の頭に飛び乗ったのだ。 頭が急に重くなり、つい体勢を崩す響也。
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