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なんとか体勢を保ち、頭上に乗る猫の首根っこを掴み、眼前へと持っていく。
「…………なんだお前」
現実逃避を止め、眼の前の不思議生物に問いかける。
「私? 私はミサキ。魔術師さ」
「魔術師ぃ?」
表情を歪ます響也。
当然だ。いきなり喋る黒猫が「自分は魔術師です」と公言したところで、信じるのはせいぜい園児くらいのものだ。
しかし黒猫――ミサキは不快を孕んだ声色で、
「なんだその表情。さては信じていないな?」
と睨めつける。――が、黒猫の睨みなど人間には怖くもなんともなく、響也は「当たり前だろ」と返した。
すると黒猫は眼を細める。
「フフフ……ならば、それを証明しようじゃないか」
ミサキのその不敵な態度が気に入らなかったのか、響也は首根っこを掴んでいる右手をぶらぶら揺らし始めた。
「あっ、こら、やめ、やめないかっ!」
両腕と両足――否、前足と後ろ足――をばたつかせながら訴えるミサキ。
耐えられなくなったのか、黒猫は爪を立て右手を引っ掻く。
「あでっ!」
突然走った鋭い痛みに驚き、響也はミサキから手を離してしまう。
しかし、彼が血の流れる右手から視線を移すと、彼の視界からはもう黒猫は見えなくなっていた。
代わりに、黒いローブ――それこそ魔術師然とした漆黒のローブを纏う一人の女性が背を向け立っている。
深海のように蒼い髪、そして振りかえり際に見せた、黒猫と変わらない鮮血のように紅い眼が印象的だ。
ローブが身体全体を覆っているせいで、女性の平均身長よりも高めな体躯とその整った顔立ちしか視認する事が出来なかった。
女性は口角を上げ、自信あり気にこう言った。
「どうだ。これで信じてもらえたかな?」
「いや、何が?」
女性の相好が凍りつく。
そしてすぐさま響也に掴みかかった。
「黒猫から戻ってもまだ信じられないのか!?」
「は? なに? アンタさっきの黒猫だとでも言うの?」
常識的に考えるならば信じられない。
のだが、既に猫が喋るなどお伽噺のような事象が起こっているのだ。信じざるを得ない。
「じゃあ、アンタがミサキなのか?」
「そうだ」
恐る恐るといった様子の響也に憮然と返すミサキ。
彼はいい加減頭が痛くなり、こめかみを押さえた。
「ああ、まあ、アンタが魔術師だってのは分かった。んで、オレに何の用だよ?」
「おおそうだ、忘れていた」
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