想像上の無生物学

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 二人の会話はまるで噛み合っていなかった。  空洞化した発言と正論の応酬が繰り返される。三度程繰り返されたところで決着がついた。  ついに父親がキレたのだ。  彼は耳が痛くなるぐらいの大声で少年を怒鳴りつけた。  間近で聞いていたため、僕にも被害が及んだ。耳がひどく痛い。  流石の少年もこれには参ったようでぶつくさと文句を言いながら嫌々風呂へと向かっていった。  どうやら、危機は去ったようだ。  緊張から解放されたため、自然と息がもれた。これでようやく、安心して眠れる。  僕は声が大きな救い主に感謝しながら、ゆっくりと目を閉じた。  その直後。ドスッという音とともに再び衝撃が全身にかけめぐった。しかも、さっきより重い。  嫌な予感がする。僕は恐る恐る目を開けた。  目に入ってきたのは、僕の上でうたた寝をしている図体の大きな黒い髪の人間――元・救世主の姿であった。  って、結局お前が寝たかっただけなんかいっ!!!  そう、全力で叫びたかったけど、生憎僕の身体は声を出せる構造をしていなかった。そもそも生物ですらない僕にそんなことは不可能なのだ。  なにせ僕は、ただのしがない「ベット」なのだから。  そんな僕には、彼を鋭く睨むことでしか怒りを表現すること精一杯だった。  僕は無力感と軽い絶望感に包まれながら海に沈むように眠りについた。
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