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【信玄視点】
「御屋形様…途中で稽古を見るのをやめていらっしゃいましたが、御体調が優れないのですか?」
優しい微笑みを浮かべ自室にすんなりと入ってきた源助に返事をしようとしたが口をつぐんだ。
無視ではない、けじめだ。
源助に対する申し訳なさはこれ以上ないほどだ。
「御屋形様?やはりお加減がよろしくないのですか?」
小さく首を縦に振って、仮病で部屋から追い出そうと考えた。
「ならばすぐに休まれた方がいいです」
気を遣ってくれるところまでは全て予想通りだったが、次の源助の一言に背筋が凍り付いた。
「私を追い出して…弥七郎と会うおつもりで?」
勿論そんなはずはない。
愛しているのは源助だけ、そう言いたいが源助の目の冷たい光りに言葉など出なかった。
精一杯の抵抗として首を横に激しく2回振った。
「噂で聞きましたよ、私が立身出世の為に稽古に励んでいた間に弥七郎に会っていたと…」
「それは…!」
つい口をついて出た言葉になんと自分は意志が弱いのかと叱咤したが、悲しげな表情の源助を前にしては言い訳をする方がみっともないとして、上司として示しがつかなくなるが、頭を下げた。
「僕は…用無しなのですか…?」
久しぶりに聞く「僕」という一人称。
稽古の間は幼さを消すために「私」と申すよう言い伝えていたからか、素に戻っても「私」が口に馴染んでしまうことがよくある。
だが源助は素に戻ると普段と同じく「僕」と言うようだ。
そんな呑気なことを考えているうちに俯いた源助はこちらを見る間もなく戸を開け駆け出した。
「弥七郎とは誰なのですか…!?僕はもう貴方を信じられなくなりそうですっ」
「待ってくれ…!」
呼び止める隙も与えずして廊下から姿を消した。
誤解で、本番までしていないと伝えるのはいつになるやら。
――――――――
次回予告
「実家に帰していただきたく存じます…」
僕はもうここには居られない。
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