【起】

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この旅館には座敷童子が現れるという噂がある以上、それを見たい一心でここを訪れた人も少なくはないだろう。 そしてそんな思いを抱いていたにも関わらず、見る事の叶わなかった人物も。 そういった事も考えると、座敷童子の存在を度外視してここを訪れた四季の前にそれが姿を現した事は、この上なく痛烈な皮肉と呼べる。 どうせならば、見たい者の前だけに現れればいいのに。 そんな事を考えつつ、胸ポケットから取り出した煙草を口にくわえた瞬間、四季の脳裏には一つの疑問が沸き上がる。 そして彼女は気付いたら、その事を口に出していた。 「あれ……。本当に座敷童子だったのかな……?」 そう、冷静な思考に基づくのであれば、怒りなどよりも真っ先に浮かぶ疑問。 霊や妖怪といったオカルトを信じていない四季からしたら、それは至極当然の疑問であった。 しかしそれは、当然であると共に実に馬鹿馬鹿しい疑問。 理屈などではなく、直感が肯定してしまうのだ。 昨夜見た存在は、決して人間の少女などではなかったと。 例の少女が醸し出す、不思議な雰囲気。 それを目の当たりにしてしまった以上、いくら理屈の部分が否定したがっても、心の奥底では確信せざるをえない。
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