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それを見た女将は何か特別な反応を見せるでもなく、当たり前のように答えてみせた。
「鞠……ですねぇ」
女将の言葉も、至極当然のものである。
四季の出した鞠は、どこからどう見ても紅色を称えたありきたりな鞠。
この鞠が四季の元に辿り着いた経緯を知らない限り、これは大して特別な物には見えないだろう。
そして女将のその反応を見た四季の中には、焦りにも似た感情が渦巻き始める。
四季がそんな感情を抱いていた理由は、実にシンプル。
その理由を白日の下に晒し出すかのように、四季は女将に対する問いを重ねていた。
「あの……この鞠は、この旅館の物ではないんですか……?」
「あれぇ? もしかしてこれ、お部屋にあったんですかぁ? あらあらぁ、前の御客様の忘れ物かしらぁ」
女将のその言葉を聞いた瞬間、四季の感じていた焦りは小さな失望へと姿を変える。
そう、四季があのような感情を抱いていた理由は、鞠が旅館の物ではないような素振りを女将が見せていたからだ。
もしも鞠がこの旅館の物であれば、座敷童子を見た事実を、白昼夢として自らに押し通せそうな気がして……。
しかしそれは所詮まやかしであり、仮に鞠が旅館の物であったにしても、あの子が座敷童子であった事は否定のしようがない。
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