【起】

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耳をすますと、季節が季節だけに蝉の鳴き声が耳につく。 世間の喧騒から隔離された空間、と呼べば聞こえはいいが、コンビニへ向かうにも車を十分程走らせねばならぬ環境、はっきり言ってド田舎だ。 過ごすには少し不便な場所ではあるが、ゆっくりと心を休ませるにはお誂え向きな場所と言えるだろう。 古い風格のある二階建てのその旅館を今一度見上げ、彼女はその旅館の敷居を潜る。 「いらっしゃいませぇ」 独特の訛りがある、温かな女性の声が聞こえてきたのはそれとほぼ同時の事であった。 見ると左手に女将らしき人物が柔らかな笑みを称え、受け付けに立ってこちらを見据えている。 「あの……予約していた白沢ですが……」 「あぁ、白沢様ですねぇ。すぐに客間に御案内致しますぅ」 そう答えるとすぐに受け付けから出る女将。 今だけかもしれないが、どうやら彼女以外の従業員は居合わせていないらしい。 ……まぁこんな言い方をして悪いが、御世辞にも大きいとは言えない旅館だ。 旅館などと言うより民宿と言った方がしっくりくる。 従業員の数も大した事はないのだろう。 そもそもこんなド田舎では、いまいち盛り上がらないのも仕方のない事と言える。
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