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俺はナイフを握りしめ男に近づく。が、男は全く動かない。
『やぁ、久しぶりだなぁ。』
低い声が部屋に響いた。
『元気にしてたか、哲哉。』 俺の名前は哲哉というのか、ということは家の表札から判断するに、俺の名前は高城 哲哉。この男は何者なんだ。俺とどういう関係なのだろうか。
『そんなおっかないもんはしまってくれ。まだ死にたくはない。』
『あなたは、誰ですか。』
『俺のことまで忘れちまったのか。』
…俺のこと…まで?俺が記憶を失ったことをこの男は知っている。いよいよただ者ではなくなってきた。
『なぜ哲哉が記憶を失った事を知っているのか。そんな顔だな。』
男は自分の向かい側のソファへ俺を促した。俺はそれに従う。
『まず、私は高城 信昭。君の叔父にあたる。君の父親の兄であり、元医者である。今は世界各地を点々と旅して回っていて、昨日久しぶりに日本へ帰ってきた。ここについたのはついさっきだ。鍵を開けて部屋に入り、この状況で頭を真っ白になっていたところへ君が出てきたんだ。』
家族の記憶もないんだ、叔父の記憶なんて残ってるわけがない。この男が本当に俺の叔父なのかは分からないが、俺にとって重要な存在であることは間違いなさそうだ。
『君は先週交通事故に逢った。怪我こそなかったものの、頭を強くうって意識を失い、ずっと目を覚まさず、意識を取り戻したとしても脳に障害が出る可能性があると聞いた。どうやら記憶がないようだが、どのくらい記憶がないのだ。』
この男の話しには疑わしい点は見当たらない。とりあえず信じてみるほかないか。
『2011年11月24日から先の記憶が全く無いんです。というより、さっきこの部屋にいたのは叔父さんですか。とっさに逃げてしまいました。母さんを殺したのは、叔父さんなんですか。』
『いやいや、とんでもない。ここに着いたら皐月さん、つまり君の母親はこの状態で、大樹、つまり君の父親とは未だに連絡がつかないままだ。実のところ、頼りなくてすまないが私もまだ頭を整理できていないんだ。さっきはすまなかった。非常に困惑していて声も掛けられなかったんだ。』
叔父さんは嘘を言ってはいない。俺にはそう思えた。叔父さんの言葉には誠実さが伺える。だがありのままをさらけ出す程に信頼を抱いているわけでもない。それに、さらけ出す内容がない。
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