始界の声

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 少年は男へ必死に懇願する。自分一人では無理でも、この人と二人ならみんな助けられる。そう思ったからだ。 「諦めな。もう手遅れだ」  刹那、轟音を打ち鳴らして家族の残された車は爆ぜ、黒煙と共に業火を巻き上げた。 「あっ」  満身創痍の身体では叫ぶ事すら出来なかった。だが心の内では叫び、咽び、泣いた。それは自身の非力さ故、更には自らを助けた男への憎しみ故。 「なんで……なんで助け……なんで、なんで」 「いいか坊主、全てを救うなんて誰にも出来ゃしないんだ。救える者を確実に救う。そうしねぇと誰も救われねぇ」 「まだ妹は……樹(いつき)は生きてた……なんで」  息絶え絶えに、少年は言葉を吐き続けるが、男はそれ以降一言も告げる事はなかった。  少年が絶望の中に見た光は夢幻(ゆめまぼろし)であった。幻想は幻想でしかなく、理想はあくまでも理想でしかない。現実とは常に残酷なものなのだと、幼き少年は自身の追い求めていたものが、どれだけ無謀で矛盾だらけであるかを深い悲しみの中で知った。
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