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「俺がホモだからって、馬鹿にしてんのか?」
「馬鹿になんてしてない。本気だ」
武志に襟首を捕まれたまま静かに答えると、石井はそのまま武志の後頭部に手を添え引き寄せた。
「――!」
驚きに、武志の大きな目が更に見開かれた。視界には、長い睫毛と閉じられた瞼のみ。
唇に触れた柔らかい物がゆっくり離れた。
眼鏡の下の切れ長の瞳が開かれ、武志を見つめ、もう一度閉じられた。
後頭部に添えられた手に再び力が籠る。唇に柔らかい物が押し当てられ、今度は濡れた物で唇を撫でられた。
武志はギュッと目を閉じると、手の平に力を込めた。
ドンッ!
「お前っ、いっつも女連れてんじゃん! 嘘吐くのもいい加減にしろ!」
石井を突飛ばした勢いのまま立ち上がり、叫んだ。
「沢木!」
呼び止める石井の声を無視して、走り去った。
週明けの月曜日一講目、武志が扉を開けると、講義室内の全ての視線が集中した。あからさまにこちらを見ながらひそひそと語り合う者もいる。
武志は口を固く引き結ぶと、一番前の席に座った。ここならば、振り返ってまでして視線を向けられる事は無い。背中に痛い程の視線を感じてはいるが。
講義開始直前に、石井が講義室に入って来た。やはりいつも通り、隣には女子学生がくっついている。
一瞬武志と視線がかち合ったが、武志はすぐにふいっと顔を背けてしまった。だから、石井の顔が苦笑で歪んだ事には気が付かなかった。
二講目、昼休み、三講目、四講目。月曜日は履修している講義が全て同じなので、一日中石井の姿は目についた。その度に連れている女が違っていた。
石井がモテるのは良く知っている。佐伯程の長身ではないが、スラリとしていて足が長く頭身が高い。切れ長の瞳とすっきりした鼻筋。細いフレームの眼鏡がそれらを知的に彩っている。余り親しい訳ではなかったが、女子学生の間の評判は良く耳に入って来ていた。
翌日の火曜日も、一講目、二講目、昼休み、とやはり連れている女が違っていた。
――やっぱり嘘じゃないか。馬鹿にしやがって――
武志は昨日と同じくコンビニで買っておいたパンとお握りと飲み物を、いつもの木の下で広げた。親しくしていた連中は、誰一人近寄って来なかった。今迄は友人達と食堂で食べるのが常だったのに。
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