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昼食を食べ終え、ペットボトルの飲み物を喉に流し込んでいると、駆け寄って来る足音が聞こえた。
「良かった。まだ居た」
振り向くと、石井が膝に手をついて大きく息を吐き出していた。
「なんだよ。何しに来たんだよ」
容易く声に刺が混じる。
「遅くなってごめん。本当は昨日から側に居たかったんだけど……」
武志の隣に腰を下ろし、弁当を広げた。
「携帯もアパートも知らないし、連絡の取りようも無くって……そうそう、アドレスとかも教えてくれよ」
器用にも、弁当を片手で食べながら携帯を取り出した。
「赤外線付いているんだろ?」
携帯を振って催促してくるので、仕方無しに武志も携帯を取り出した。
「……データ送れば良いのか?」
「有り難う! あ、待って待って! 俺のデータも登録してくれ」
携帯のデータを交換すると、武志は立ち上がった。
「じゃあな」
「あ!待ってくれって。次の講義は…」
「女侍らせてれば良いだろ?」
「はべっ……心外だっ!」
「タラシとは、あんま一緒に居たくねぇ」
尚も言い募ろうとする石井を無視して、武志は立ち去ったが、弁当を広げてしまった石井は、結局その場から動けなかった。
三講目、講義開始直前に、石井は一人で講義室に入って来た。そのまま一直線に武志の側に来て、一番前の三人掛けの席の一つ空けた隣に座った。
一瞬講義室内がざわついた。
「石井く~ん、そんなとこ居ないで、こっち来て一緒座ろうよぉ」
女子学生が一人、近寄って来た。
「悪いけど、用も無いのに近寄らないでほしい、って昨日言ったよね?」
「え~、いいじゃん」
尚もまとわり付かれ、石井はそれ迄の笑顔を一変させた。
「何度も同じ事言いたくない。迷惑なんだ」
そこで講義室に教員が入って来た。
「ほら、講義が始まる。座れよ」
石井の冷たい声に、その女子学生は後ろの方の席に引っ込んだ。
武志は昨日よりも更に痛い視線を背に感じながら、講義に集中する振りをした。明らかに、注がれる視線は石井の行動に一因が有る。
講義終了後、荷物をまとめる武志に石井が声を掛けた。
「沢木、この後時間有る…」
「これからバイト。忙しいから。じゃあな」
石井に口を挟む暇を与えず、武志はさっさと講義室を出て行った。
「うーん、手ごわい」
小さく呟くと、石井もさっさと講義室を後にした。
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