金盞花

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無機質な薄暗い空間の中に 幼いおれはいた。 真っ黒く塗りつぶされた人たちがぼくを囲んでいる。 傍から見たら異様なのに、なんだか楽しそうな雰囲気がする。 そこで突如一人の少年が、僕の手を引いた。 綺麗な黒髪を風に靡かせながらボクに振りかえる。 その顔は例にもれず黒く塗りつぶされているし、 何か話しかけられても、その言葉はなぜだか聞き取れない。 でも、悪い気はしない。 これは楽しい夢なのかもしれない。 このままこの夢に身を委ねてしまっていいのかもしれない。 そう思えた矢先に、耳に響いた 「兄さん。」 その声に、言葉に。 まるで鈍器で頭を殴られたかのように痛み出す頭。 目の前で笑っていた少年が崩れ落ち、青年へと変わる。 顔は相変わらず塗りつぶされているのに なぜかその目だけは分かった。 黒かった髪の毛は真っ白になった青年は 何も移さないその瞳で僕を見下ろしている。 その瞳を見たくなくて目をきつく閉じる。 近づいてくる感覚がした。 自分の鼓動も早くなる。 「兄さん」 先程より低くなったその声に耳を手で塞ぐ。 次に目を開けると、青年は消えていた。 それにホッとしていると 肩に手を置かれた。 びっくりして振り返ると 先程の青年は少年に戻っていた。 その少年を抱きしめる女性。 その女性はこちらを糾弾する声をあげている。 いつの間にか、僕の傍らには男性が立っていて ボクの肩を抱きしめて、逆に女性に向かって声を荒げている。 少年と目が合った気がした。 なんとも言えない感情が視線をそらさせた。 まだ見ているか確かめようとちらり、と視線を戻すと 目の前には息を荒げた女性がいた。 これは夢なんかじゃない。 夢じゃないんだ。 振り下ろされる拳は、例え女性の力でも 幼いボクには耐えれなかった。 不思議と聞き取れなかったはずの言葉たちが、理不尽にも 罵詈雑言だけは届けてくる。 ぼくは謝るしかできなかった。
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