団子屋の娘と美しき旅人

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天正十八年五月下旬 ―忍城下   忍城軍が城を発ってから早三ヵ月余りが過ぎ去ろうとしている。 遠い小田原城は関白軍を相手に今も籠城戦を続けていると噂には伝え聞いたが、忍城下は戦いなんてどこ吹く風とばかりに平和な毎日が続いていた。 人も町も空もいつもと何も変わらない。 「おきぬさん、こんにちはっ!!」 そんなある日、城下町の一角に軒を連ねる団子屋の店先では1人の女の子が元気よく声を張り上げていた。 洒落っ気は感じられないが、長い黒髪をなびかせる彼女は類まれなる美貌の持ち主で町でも評判のべっぴんさんだった。 「甲斐ちゃん、こんにちは。今日も元気ねぇ」 「私って元気だけが取り柄だから!えへへ」 彼女はキラキラした笑顔を浮かべ、通りがかる人々に次々に声をかけていく。 こんな何気ない瞬間が好きだ。 その人懐こさと人柄で若人から玄人まで町人たちとはすっかり顔なじみになり、今では町の人気者だ。 「いや~毎日、こうやってべっぴんの甲斐ちゃんを見るとホッとするねぇ。仕事をがんばろうって気になるよ」 「あら、源さん!お世辞がうまいんだから。今日もお仕事がんばってねー!」 「おうよ!」 彼女は何を隠そう十八歳になったばかりの忍城城主・成田氏長の長女・甲斐である。 甲斐は姫という立場を隠し、団子屋のお手伝いをしていた。 一体どうしてなのかって? それは…
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