小田原へ

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天正十八年二月某日 ―忍城   季節は冬真っただ中で草木は枯れ果て、水は凍り、寒さも厳しいあくる日のことだった。 武州の北部にある忍城では城主・成田氏長が妻子と家臣たちを取り急ぎ大広間に召集した。 大広間にはいつになくピリピリと緊迫した空気が流れ、家臣たちは氏長が口を開くのを今か今かと待っている。 そんな中、氏長は深刻な面持ちで重い口を開いた。 「皆の者、すでに聞き及んでいる者もあろうが…この度、小田原の北条殿より援軍の要請があった」 氏長の言葉に空気がざわつく。 「一体何事でございますか?」 そう尋ねたのは氏長の若き妻、月子である。 「またどこかで戦が起きるということでしょう?穏やかではございませんね」 心なしか不服そうなのは彼女が戦を快く思っていないせいだろう。 実家で大事に育てられ、おっとりと育った月子は争いごとを好かぬ性格であった。 「戦が起こるのは仕方のないことだ」 氏長はそう言って窘(たしな)めたが、心中では月子の言葉に同意を示していた。 できることならば戦などない平和な毎日を送りたい。 彼もまた根っからの平和主義者で戦上手とは程遠く、地位も名誉も興味はなかった。 ただただ今の生活が守れればよいと願うだけの平凡な城主なのである。 だが、そうは言っても援軍の要請が来ては無碍にするわけにもいかない。 「父上、北条家は一体誰とケンカしようと言うのですか?」 どうしたものかと困り顔の氏長に誰よりも真剣な顔で尋ねたのは長女・甲斐であった。
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